第20章
お給料もらえる休みって、すっごく貴重で嬉しいよね。昨日はハリーが来てから家に帰って、ハンさんがホテルの家具のチェックしに車で出かけて…ハリーが送ってくれたんだ。で、今日はお休みくれたんだよね。2日も休むとなんか罪悪感あるんだけど、ハンさんは間違いなく一番優しいボスだよ。ハリーとか他のスタッフも言ってたけど、ハンさんはよっぽどのことがない限り、簡単に休みを許可しないらしいんだよね。病気休暇でも無給休暇になるのに、あたしは2日も有給休暇もらっちゃったし。
もしかしたら、ハンさんの噂って間違ってるのかも。冷たい人かと思いきや、実はめっちゃあったかい人だったりして。
テーブルの上にある電話を取って、ポテトチップスの袋を置いた。
「もしもし」って、ハンさんの声が聞こえた瞬間に答えた。
「会おう」って、ディランが言った。
「えー、まるで久しぶりみたいな言い方じゃん」って、冗談で言いながら袋を取って、チップスを一口食べたら、ディランの言い方がなんか変で、思わず笑っちゃった。
「4時に湖で」って言って、電話を切った。
時計見たら、もう3時過ぎてるし、チップス全部食べ終わって、身支度しよ。
ドライヤーで髪乾かしながら、頭の中はハンさんのことでいっぱい。外に出る時も、ハンさんのこと想像して、にやにやしながら歌を口ずさんでた。
あたし、完全に頭おかしくなっちゃった。脳みそ検査した方がいいかも。ハンさんのこと考えないようにしたくてもできなくて、絶対あたし、ハンさんに夢中になってる。
適当にネイビーのハイネックミニワンピースを選んで、準備開始。ピンクのリップ塗って、ちょっと後ろに下がって自分の姿をチェック。髪を無造作にまとめて、メガネをかけた。
白いキャンバスバッグ持って、白いヒールを履いて、外に出た。
バス停でバッグの紐をいじりながら、ディランの声がいつもと違うのが気になってたんだけど、全然頭に入ってこない。ハンさんのことで頭がいっぱいで、顔が赤くなるのも、ドキドキが止まらないのも、もうどうしようもない。
バスに乗ってる間ずっと外を見てたんだけど、チャイムが聞こえて、目的地に着いたからバスを降りた。
歩き始めたら、ディランの姿が見えて、思わず立ち止まっちゃった。橋に寄りかかって景色を見てる。黒いシャツをダークデニムにインしてる。近づいていくと、あたしのヒールの音が聞こえたのか、ディランが振り返った。ほんの数メートル先にいるあたしの姿に、足が止まった。ディランが持ってるものを見て。
赤いバラの花束。
ディランが近づいてきて、一番かっこいい笑顔で
「来てくれたんだね」って、ドキドキするような笑顔で優しく言った。
あたしの前に立って、じっと目を見てくる。いつもと違うのは確かだよね。一歩近づいてきて、あたしは立ったまま、平静を保とうとしてた。
「いつも可愛いね」って言って、右手を上げてあたしの髪を耳にかけた。
「ありがとう」って、笑顔を作ろうとしたんだけど、ディランの行動に驚いて、全然できなかった。
「アンナ」って、ディランが低い優しい声で呼んだ。
「はーい」って、気まずい気持ちを振り払おうと、思いっきり笑顔で返事をして、後ずさりした。
ディランが一歩前に出て、赤いバラの花束を持って、視線を花束からディランに戻した。
「アンナ」って、ディランの声が響いて、笑顔は消えない。「僕の彼女になってくれないか」って、ディランは本気でそう言った。あたしはディランの言葉を理解しようと、まばたきを繰り返した。
時間が止まったみたい。心臓がドキドキして、ただそこに立ってディランを見てた。どう返事すればいいのか分からなかった。
どんな気持ちなのか分からないけど、こんな状況でもハンさんのことが頭をよぎった。もしハンさんだったら、きっとドキドキして、熱くなるんだろうな、って。こんなことしちゃダメなんだ。ディランのことは、友達として好きだったけど、まさかディランに恋心を抱くことになるなんて思ってなかったし、一緒にデートするような幸せな気持ちになんて、なれなかった。ディランを友達だと思ってたからかもしれないし、あたしが落ち込んでた時に、ディランが現れたのが間違いだったのかもしれない。
あたしの気持ち、勘違いしてたのかも。
言葉にしようとしても、喉がカラカラで、いつもそばにいて、支えてくれた人に「嫌だ」なんて言えない。
「冗談はよしてよ」って、ディランの言葉が全然響いてないフリをして、花を受け取った。
「本気だよ、アンナ」って、ディランがほとんど自分に聞こえるように呟いたけど、あたしには車の音とか鳥の声とか全然聞こえなくて、驚いてディランを見た。作り笑いも消えちゃった。ディランが一歩近づいてきて、また一歩、あたしとの距離を縮めて、じっとあたしを見てくる。あたしはただディランを見てるだけで、体が動かない。
ディランが両手を前に出して、あたしの顔を包み込んで、顔を近づけてきた。「愛してる」って、ディランは囁いて、唇が凍り付いたあたしの唇に近づいた。花束を持つ手が震えた。
突然、腕を掴まれた気がして、目を見開いた。あたしは後ろに回され、唇が別のものと重なった。持ってた花束が地面に落ちた。この感覚、すごく慣れてる。現実に戻ってきて、何が起きてるのか見ようと、目を見開いた。
ディランを突き飛ばして、一歩下がって、ハンさんを見ていた。
ディランの方を見て、ディランもあたしと同じくらいショックを受けてるはず。振り返って、ハンさんのとこへ歩いて行った。
「行くよ」って、ハンさんの腕を掴んで、一緒に引っ張った。