第55章
オニカの視点......
まさか私が、ロサンゼルス…じゃなくて、ロス・ヴェガスっていうとこの、すっごい豪華なホテルのテラスに立ってるなんて、一昨日までは考えもしなかったよ。でも、ほら、ここにいる。
こんなの、見たことないもん。マジで…息をのむって感じ。
目の前の景色を見て、完全に言葉を失っちゃった。
何百万もの光がキラキラ輝いてて、まるで地面に散りばめられた小さな星みたい。冷たい風が気持ちよく頬を撫でて、ただただ、この景色に浸ってた。
そしたら気づいたんだ。笑ってる、って。
しかも、頬が痛くなるくらい、でも止められない、そんな笑顔。
我に返って、ちょっと自分の反応にゾッとした。
いつも人前では、作り笑いしなきゃいけない。
すぐにバレちゃうような、そんな笑顔。
もう、いつからこんななんだろう…何年も、ずっと。
それが、私の日常になってた。
当たり前になってたんだ。
でも、この瞬間だけは、演じる必要がないんだ。
だって、本当に幸せなんだもん。嘘じゃない。
まるで、私を包むように、平和なオーラがある。
これがあれば、悪夢は来ない。
誰かの熱い視線を感じた。
ちょっと首をかしげてジェイコブの方を見たら、彼はじっと私を見てた。
誰だってドキドキしちゃうような、そんな視線で。
「綺麗だね」って私が言うと、「…綺麗だね」って繰り返した。
ジェイコブの視線は、私の瞳から一瞬も離れない。
彼はいつも、魂の奥底まで見透かされそうな、そんな眼差しをしてるんだよね。
どれだけガードを固めても、いつもそうなんだ。
「よく来るの? ホテルの人も、ジェイコブのこと、すごい大事にしてるみたいだし」
って聞いたら、ちょっと困ったような顔をした。
「まさか、オーナーとか?」って、信じられないって感じで聞いたら、
「まあ、そんな感じかな。じつは、じいちゃんのなんだ。相続したんだ」
「おじい様と仲良かったんだね」って、気をつけて言ってみた。
「自分の親よりも、じいちゃん達のほうがよっぽど仲良かった…」
そう言って、ジェイコブの表情が少し苦しそうになった。
この世界って、本当に変だよね。
家族がいない人もいるし、いる人でも幸せじゃない。
何が幸せなのか、わかんないよね。
もしかしたら、関係性じゃなくて、誰といるかってことなのかもしれないけど。
どうしたらいいかわからなくて、慰めるようにジェイコブの手をそっと握った。
彼の目に、いろんな感情が入り混じってるのが見えた。
ゴクリと唾を飲み込む。
突然、ジェイコブは視線をそらしたんだ。
苦しみを隠そうとしてるみたいに、私に見られたくないみたいに。
数分間、沈黙が続いた。
せっかくのムードをぶち壊しちゃったかなって、内心で自分を呪ってた。
そしたら、ジェイコブが話し始めたんだ。
「オニカ、話を聞かないか?」
相変わらず、私の方を見ようとせずに、弱みを隠すように。
私は息を呑んで、一歩後ろに下がった。
まるで、雷に打たれたみたいに。
ジェイコブが前に話してくれた、檻の中の鳥の話を今でも覚えてるから。
私と、あの鳥と、似てる部分があることにも気づいてた。
だから、話を聞かないかって言われたとき、何か重大なことが始まるってわかったんだ。
何が来るのか、ある程度は想像できたし。
また一歩下がろうとしたら、ジェイコブが私の手首を掴んだ。
強く、でも優しく。
「もう、逃げられないよ…」って、ジェイコブは囁いた。
私に話してるのか、自分に話してるのか、わかんなかった。
覚悟を決めようと、深呼吸をした。
「昔々、恋を信じない男の子がいたんだ。みんなが、本当の愛を見つけるのは難しいって言うのを聞いて、その男の子は鼻で笑ったんだよ。『そりゃ難しいだろうね、だって、そんなもの存在しないんだから、簡単さ』って。」
彼は、自分の人生は全部わかってるつもりだった。
全部計画通りに進むんだって思ってたし、自分の思い通りにならないことなんてないって。
全部パーフェクト、そう思ってた。
何が起こる可能性がある?
何が起こるかなんて、わかってなかったんだ。
たった一人の女の子、綺麗なくりっとした目の女の子が現れるまでは。
その時、彼は心底願ったんだ。
あんなこと聞きたくなかったって。
恋なんて、難しいものだって思いたかった。
恋なんて、存在しなきゃいいって。
だって、そう信じて生きてきたんだから。
すぐに気づいたんだ。
聞いたこと全部、嘘だったんだって。
恋をするのが難しいなんて言ったやつは、大嘘つきだ。
クソッタレだ。
だって、簡単すぎるんだもん。
呼吸をするみたいに、当たり前みたいに、心臓がドキドキするみたいに。
ただ、その女の子が、キラキラ光る青い瞳で、彼に微笑みかけただけで、全部がめちゃくちゃになったんだから。
そして、彼は悟ったんだ。
完璧だと思ってた自分の人生は、ただの空っぽな殻だったってことを。
今まで誇りに思ってた、コントロールも、砂のように指の間からこぼれ落ちて、何もできなくなってしまったんだ。
彼女は、彼の壁を壊して、彼の心に入ってきた。
あまりにも早く、深く…
そして、いくら追い出そうとしても、彼女はずっとそこにいたんだ。
彼女は、一万回に一度しか現れないような、そんな女の子だったんだよ。
彼は、自分の気持ちを抑えようと必死に頑張った。
彼女を頭から追い出そうと、ありとあらゆることを試したんだ、本当に。
でも、頑張れば頑張るほど、彼女への想いは深くなっていったんだ。
ついに、彼は、彼女を愛することを諦めたんだ。
諦めることしかできなかったんだ。
彼女を愛さないで生きることよりも、息をしないことの方が楽になってしまったんだ。
そして、ある考えが頭をよぎった。
もしかしたら、恋をしてもいいのかもしれないって。
色々な葛藤の末、彼はついに男らしく、彼女に自分の気持ちを伝えようと決意したんだ。
でも、運命は、彼に別の試練を与えたんだ。
彼女に気持ちを伝えようとした日、彼は知ってしまった。
彼女は、親友が愛してる女の子だったってことを。
まるで、冷たい水が頭からかぶさったような、そんな気持ちだった。
親友、自分の兄弟のように大切に思ってた親友。
親友のために、ためらうことなく銃弾から身を挺して守るような、そんな親友だったんだ。
彼は、完全に引き裂かれたんだ。
彼女のためなら、何でも諦められたのに…
何でも、だよ、全部。
親友の幸せ以外は。
だから彼は決断したんだ。
親友を選んだんだ。
一瞬も迷うことなく、そして、それを犠牲って呼んだんだよ。
ああ、なんて彼は偉大なんだろう?
ハッ、彼は間違ってたんだ。
完全に間違ってた。
時間が経てば、全てうまくいくって思ってたら、ね。
もし、前が大変だったとしたら、彼はまだ、自分に何が待ち受けてるのか、わかってなかったんだよ。
彼の『犠牲』の結果として、彼の苦しみは始まったばかりだったんだから。
どんな決断にも、結果がある。
決断はされたんだから、結果を受け止めないといけない。
彼は、距離を置いていれば、いつか全て元に戻るって思ってたんだ。
でも、距離は痛みからあなたを守れないってことを、彼は知らなかったんだよ。
そして彼は気づいたんだ。
難しいのは、恋をすることじゃなくて、恋が終わることだって。
まだものすごく愛してるのに、そこから歩いていくのがどれだけ大変なのかってこと。
時々、息をすることを思い出さないといけないくらい、辛かったんだって。
一番辛いのは、自分の人生で一番大切な人が、他の誰かの腕の中にいるのを見ること。
そして、目の前で結婚するのを見ること。
そして、それを見ながら笑顔で、みんなに幸せそうだって見せることなんだ。
彼は毎日死んでたんだ、毎秒、少しずつ、全部失うまで、空っぽになるまで。
心臓だけが、あの女の子への愛と痛みでいっぱいだったんだ。
彼は、痛みを打ち消すために、拳で壁を殴ってた。
息が詰まるくらい辛くて、おかしくなりそうになることもあった。
でも、何が彼を正気を保たせてたかって?
あの女の子が幸せだってこと、それだけだったんだ。
最終的に、全部彼女が幸せなら、どんな痛みも耐えられたんだ。
ああ、彼はなんてバカだったんだろう。
あんな時、彼はわからなかったんだ。
親友が、彼女を幸せにできるって信じてたのに、彼が彼女を幸せにすることに失敗することに、彼女が生きるに値しない人間になることさえあるってことを。
彼は、あの時、あの決断が間違ってたってこと、気づけなかったんだ。
もし彼が、自分の命をかけてもいいことって聞かれたら、彼は迷わずこう言うだろう。
『時間を巻き戻して、あの過ちを正したい。
そして彼女を選ぶんだ、あの過ちは、今では過ちだって、大失敗だったって、呼んでる。
犠牲なんて呼ぶことじゃないんだ、あの女の子の純粋な魂を奪ったんだから、犠牲なんかじゃないんだよ』ってね。」
ジェイコブが話し終わると、すべてが静まり返った。
死んだように静まり返った。
私はただ呆然と彼を見つめていた。
私だけが苦しんでるわけじゃないって思ってたけど、完全に間違ってた。
彼の告白に、私の心は絶望で沈んだ。
彼が私を愛してたこと、前から知ってたけど、彼の目を見た瞬間、そこにある痛みを見た瞬間、あまりの痛さに、私はよろめいて後ろに倒れそうになったんだ。
一つ一つの言葉が、私に襲いかかってきて、ギザギザのナイフみたいに私の心を突き刺した。
膝が崩れそうになった。
そして、それが起こったんだ。
涙がこぼれて、またこぼれて、止まらなくなって。
涙で目が痛くて、目を閉じた。
私の心は粉々に砕け散って、そして、最悪なことに、私はどうしたらいいのか、わからなくなってしまったんだ。
私がどうすればいいのか、どこに行けばいいのか、わからないんだよ。
ジェイコブが、私のせいでこんなに苦しんでるってことが、私を震わせたんだ。
彼の苦しそうな表情に、私の心は張り裂けそうだった。
「ご、ごめんなさい…」って、私は言おうとしたけど、嗚咽で言葉が出なかった。
次の瞬間、彼は私の肩に腕を回していた。
「大丈夫だよ、謝らないで、何かあるとしたら、私がオニカをアグスティンから守れなかったことに対して、謝らないといけないんだ」
「わ、私は…」
何を言えばいいのか、何を言えばいいのかわからなかったんだ。
「しーっ…大丈夫だよ、何も言わなくていいよ、オニカ。
私は、幸せを求めてるわけじゃないんだよ。
あなたには、その準備ができてないってこと、わかってるし。
私のことを、大切に思ってくれてるかもしれないけど、愛してないってことも知ってる。
それに、愛のない生活にあなたを閉じ込めることなんて、私にはできないよ。
あなたにはもっと相応しい人がいるんだよ、私やアグスティンなんかよりも。
僕たち、二人とも間違えたんだ」
「間違えたって?」
私が、小さな、笑うことすらできないような笑みを漏らした。
「私もよ、みんなそうよ…それは、私じゃなくて…」
言葉が途切れた。
私じゃなくて、あなたが愛のない生活に閉じ込められることなんだ。
今ならわかってくれないだろうけど、私はもう、二度と人を愛せないかもしれない。
もし、他の世界線なら、私はすぐに彼と一緒になることに同意しただろう。
一瞬で、愛があろうがなかろうが。
でも、ジェイコブには、もっと相応しい人がいるんだよ、愛のない生活に私と一緒にいるよりも。
たとえ、彼と一緒にいるのが幸せだって演じたとしても、彼はすぐに気づくだろうし、彼は私をすごく大切にしてるから。
私は、心を癒す時間が必要なんだ。
何年経っても、二度と人を愛せるかどうかわからないけど、彼に永遠に待っててって頼むつもりはないんだ。
もし、私がそう頼んだら、彼はそうするだろうってわかってるから。
何も言わずに、きっとそうするんだ。
まるで、ジェイコブは私の考えてることを読んだみたいに、
「大丈夫だよ、自分のこと責めないで。
こんなこと話したのは、何かを証明するためじゃないんだ、ただ…」
と、ジェイコブは言葉を途切れさせた。
だから、私が代わりに言ったんだ。「もう限界だったから、でしょ?」
彼は何も言わずに、ただ前に倒れこんで、私に額をくっつけたんだ。
穏やかな表情になって、まるで安らぎを得たみたいだった。
その瞬間、私は心が張り裂けそうだった。
どれくらいそうしてたのか、わからなかったけど、私はまるで石像のように、その場に立ち尽くしてたんだ。
彼の安らぎの瞬間を壊さないように、少しの動きも怖かったんだ。
ジェイコブの鼓動を感じることさえできたし、彼の温もりを感じてたんだ。
しばらくして、彼は仕方なさそうに離れて、私の額に、羽根のように柔らかいキスをくれたんだ。
彼は後ずさりして、私の目を見て、優しく安心させるような笑顔を浮かべて、すべてが元通りになったみたいに、何もかも大丈夫だって私に伝えようとしてるみたいだった。
でも、彼は私のために自分の弱さを見せないように必死で、私も、彼を苦しめたことに対する許しを請うために、膝をつくことすらできないでいたんだ。
そして、その瞬間、私はただ「ジェイコブ、私を殺して。あなたが傷つくのを見るより、私たち二人ともが傷つくより、ずっと楽だよ」って言いたかったんだ。
あなたを傷つけたアグスティンなんて、生きている価値ないんだよ。
あなたは、一度言ったように、私じゃないんだよ、ジェイコブこそ、あなたの人生で最高のことだったんだよ。
あなたは、彼に一生かけても恩返しできない。
「あ、そうだ」
突然ジェイコブが言って、ポケットから何かを取り出したんだ。
「あなたに、あげたいものがあるんだ」
彼は私の手を取って、小さな箱を乗せてくれたんだ、開けてって私に言ってるみたいに。
震える手で箱を開けると…
私が目にしたものは、息を呑むほど美しかったんだ。
それは、美しいペンダントだったんだよ。
すごく綺麗で、きっとものすごく高かったに違いないって思った。
私はペンダントを取り出したんだ。
それは、両翼を広げた小さな鳥だったんだ。
「鳥だ」って、私はほとんど無意識に、それに魅了されて言った。
ジェイコブは頷いて、「ただの鳥じゃないんだ、それは不死鳥なんだ。
不死鳥は炎で燃えると、その灰の中から蘇り、以前よりも強く、以前よりも純粋になるんだ」って言ったんだ。
私の顎を上げて、ジェイコブは私の目を見て、そして次にこう言ったんだ。
「あなたは不死鳥なんだよ」