CHAPTER 13
息を止めてたのを、ふーって吐き出した。
椅子から立ち上がって、彼、つまりホーレンさんのオフィスについて行った。彼の後ろ姿から目が離せなくて、あの小綺麗で、高そうな、濃紺のアルマーニのスーツ。
「はい、社長」思わず言ってしまった。ホーレンさんのデスクの前に立って、彼は椅子に座った。鋭い視線が私を貫いて、一瞬で体が熱くなった。
火山噴火だ。
これって、ピナトゥボ山よりヤバい。
この人、欲しい。今、ここで。問題はただ一つ…
彼は私を求めてないってこと。
「あの件について。謝ってなかったな。ごめん」ってホーレンさんが言った。
ポカーン。「何について謝るんですか? クビにしたこと? それとも、ベッドに私を呼んだこと?」
「両方だな。もう二度とないように。君は優秀な社員だし、仕事はプロフェッショナルでいてほしい」
「わかりました、ホーレンさん。もう、そんなこと忘れました」って嘘ついた。
忘れられるわけないじゃん。
頭を無理やり切り替えて、彼は私に興味ないって事実に、とりあえず向き合うことにした。
「そうか」ってホーレンさん。「もう自分の席に戻っていいよ」
踵を返して、席に戻ろうとしたら、彼が私を呼び止めた。
「ちょっと待って、ブラックマンさん。これ、コピーを5部お願い。あと、この6つの書類を校正して、修正して、今日中に。それから、関係各所にファックス送信。投資家との会議、リスケして。彼のファイルはコンピューターに入ってるから。僕宛ての電話、伝言も頼む。今週は、もういないから」
「え、マジですか?」
「ああ、マジだ。母が50歳の誕生日で、ケイマン諸島にセーリングに行くんだ」
「素敵ですね。楽しんでください」って言った。
彼は冷たい視線を送ってきた。
なんで? 何か変なこと言った?
「その間は、ジョシュ・ブライアンが責任者になるから、彼だけに指示を仰げばいい」
「何時に出発するんですか?」って、プロっぽく聞いてみた。
「午後から」
「わかりました」って言って、また席に戻ろうとした。自分の席に戻って、書類を他の部署にファックスし始めた。ホーレンさんから頼まれた情報を校正する時間もとって、必要な修正と変更を加えた。
「私も、家族とケイマン諸島に行けたらいいのに。彼が愛してるのがジェシカ・ヒルズじゃなくて、私だったら。彼が私に対して、何か気持ちを持ってくれて、どれだけ私を求めてるか言ってくれたらいいのに」
ジーニーに願いを叶えてもらうことまで願ってた。
そんな考えを振り払って、目の前の仕事に戻った。この感情、ちょっとヤバすぎ。クビになる前に、落ち着かないと。
電話が鳴った。
「お願いがある。オフィスに来てくれ」ってホーレンさんの声がした。
ニヤリとして、また彼のオフィスに向かった。
「言い忘れたことがあって…えっと」って、つっかえてる。
あの輝くグレーの瞳で私を見ながら、指で髪をかきあげた。目が離せなくなった。誰でも催眠術にかけられそう。口を開けて、また閉じた。
心臓が、何回かドクンってした。
椅子から立ち上がって、私の目の前に来た。彼の香水が鼻を突き刺すみたい。硬い胸が、磁石みたいに私を惹きつけてくる。足がフラフラして、彼に飛びついて、この信じられないくらいイケメンの男性と、関係を持ってしまうのを、必死で止めた。マジで完璧じゃん。
神様って本当にアーティストだ。こんな美しい人間を私の目の前に作り出すなんて。
「髪に何か付いてるぞ」って、彼の優しい声が耳元で聞こえた。こんな声、初めて聞いた。すごくセクシーで、下の方は濡れてるはず。彼の手が私の髪に伸びて、紙切れみたいな白いものを取ってくれた。彼の接近に、体がビリビリ震えた。
彼の香り、息遣い、触れ方。全部、私を惑わせる。
「ありがとうございます」って小さく言った。自分を抑えるために、目を閉じた。
もう限界。踵を返して、猛スピードで自分の席に戻った。
「よし、彼の嫌なことを考えよう」って、自分に言い聞かせた。
「朝の、あの臭い息を思い出せ。
今まで、色んな女とワンナイトラブしたことも思い出せ。
オフィスで、彼の膝の上に座ってた、あの悪い魔女のことを思い出せ。
考えて…考えて…
あー、でも彼の瞳はすごく綺麗だし、嬉しそうに笑うと太陽みたいに輝くんだよね。今まで見た中で一番かっこいい男だし…それに、彼の体はまるで…」
「あー、ジャスミン! 黙ってて!」って、私の潜在意識が言った。
校正に戻った。
ホーレンさんの先週の彼女、ジェシカ・ヒルズが私のデスクの前を通り過ぎて、彼のオフィスに入って行った。
「まあ、少なくとも、あんな変な考えは消えたでしょ」って、また自分に言い聞かせた。「今のところは、だけど」
エヴァンの視点
時計が12時を指したとき、私はオフィスを出て、ランボルギーニに乗り込み、自分のマンションに向かった。パリ、イタリア、ロンドン、インドネシア、カナダ、ボラボラにもマンションは持ってるけど、ブルックリンのが一番好きだ。