第84章 盲目の嘘
「そういえばさ、最近の精神状態、また検査してみる?あと2回治療残ってるんだけど、全然来てないじゃん」
オフィスで片付けをしながら、ジェイデンが言った。オフィスはすごく綺麗なんだけど、ジェイデンは何度もテーブルをタオルで拭いている。
2回もドタキャンしちゃったし、今日は休み取っちゃったし、早く帰ってもやることないし、トリクシーはOKした。
ジェイデンが渡してくれた検査用紙を受け取って、トリクシーはテーブルのペンを取って記入していく。でも、読めば読むほど眉間にシワが寄ってくる。前回より、ちょっとキツい内容だな。
30分くらいでテストが終わって、ジェイデンに渡した。
少し眉をひそめているのを見て、トリクシーは嫌な予感がした。
「あんまり良くないみたいだね。また催眠療法してみる?」
「まあ、どっちでも」
トリクシーはソファーに横たわった。
正直、トリクシーは二重人格的な感情障害に執着しているわけではなくて、ジェイデンとの時間をお目当てにしていただけだった。この場所ではリラックスできるし、めったにないことだった。トリクシーは徐々に深い催眠に入っていき、意識が薄れていった。
どれくらい経ったのか、ジェイデンに起こされた。目が覚めると、ひどい頭痛がした。
「前は良くなってたのに、また悪化してるね」
ジェイデンはトリクシーの横で手を洗いながら言った。「旦那さんの問題、まだ解決してないんでしょ?」
トリクシーはソファーに座ったまま、黙っていた。
手を洗った後、ジェイデンは水道の栓を閉めて、向かいのソファーに座った。美しい黒い瞳がトリクシーを見ていて、すごく深い。
「解決しないと、心はいつも気になっちゃうし、頭も考え事しちゃうから、感情にも影響する。それが、病気が悪化してる理由でもある」
「これで死ぬわけじゃないよ。あなたが言ってたように、ジェイデン先生、答えに満足できないと、どんどん考えちゃう。だから、まだ効果あるんだ」
トリクシーは困ったように笑い、目に苦い感情を浮かべた。
「だったら、離婚したら?」
ストレートすぎる質問だったから、トリクシーはちょっとびっくりして、答えに窮した。
「ジェイデン先生、もう彼のこと愛してないの。ただ、彼が浮気したり、騙したりするのか、それが気になるだけなの」
「もし本当に浮気して、嘘ついてたら?」
「それはまた別の話」
「それについては気にしない、ただ、彼から離婚を切り出されるのが怖いんでしょ」
ジェイデンはトリクシーの心に突き刺さったみたいだった。
トリクシーは彼の目に熱を感じた気がした。
熱い。
ジェイデンには、そんな感情は存在しないはずだった。でも、トリクシーは本当にそれを見た。
正直、トリクシーもジェイデンに少し気持ちがあった。でもそれは、心と感謝の間にあるような感情だった。ダリルとの感情とは全く違うものだった。
もっと大事なのは、トリクシーはまだダリルを心の奥底に持っているってこと。少なくとも離婚するまでは、他の男と関わることなんて絶対にない。それがトリクシーの譲れない一線だった。でもジェイデンのトリクシーを見る目に、トリクシーは完全にそれを無視していた。
何年も生きてきて、こんな気持ちになったのは、ダリルと恋に落ちた時だけだった。初恋のような気持ち。
「私、まだやることがあるから、ジェイデン先生、また後で電話します」
トリクシーはジェイデンに笑いかけ、それから立ち去ろうとした。でも、立ち上がった瞬間、めまいがして、ほとんど倒れそうになった。幸い、ジェイデンがすぐに支えてくれた。
彼のさわやかな香りを嗅いで、トリクシーは一瞬、この男からメッセージを受け入れようとしていた。でも、言葉に詰まってしまった。
「すみません、ちょっと足元が…」
トリクシーは早くここを去りたかったけど、ジェイデンは離してくれなかった。
「何か困ったことがあったら、直接言ってください。僕はいつもいますから」
病院を出て、トリクシーの頭の中は、さっきジェイデンが言った言葉でいっぱいだった。
さっきの出来事を全部忘れようと、トリクシーは無理やり落ち着いて、タクシーで家に帰った。
車の中で、トリクシーはナタリーの主治医の診断書を開いた。
それからジェッサに診断書を送って、調べてもらうことにした。
そしたら、本当に何か見つかった。
ジェッサから送られてきたものを読んで、トリクシーは全身を震わせた。
あの年の交通事故で、ナタリーは頭部神経を損傷して失明し、それから、兄のネイサンが残した遺産を使い果たすまで入院していた。
病院から追い出された後、ネイサンと仲の良かった人たちを何人か探して、その中の1人の愛人になった。盲目だったけど、若くて美しかったから、優遇された。甘い言葉で人を騙すのがうまくて、すぐにボスに取り入った。
その後、ボスの奥さんが来て、ナタリーと喧嘩になった。ボスの奥さんも手強くて、2人は結婚している。このことが起こると、奥さんの実家がナタリーとの関係を断つように主張し、ボスの会社の投資を引き上げると言った。
ボスは、ナタリーを追い出すしかなかった。
すぐにナタリーは2人目の男を見つけた。その男はホワイトカラーで独身だった。ナタリーは彼と結婚した。でも、結婚後、なぜか突然この街にやってきて、ジェッサは男の情報を特定できなかった。
トリクシーは考えれば考えるほど、死にそうになった。まさか、こんな女を近くに置いていたなんて。ただのビッチじゃないか。快適に暮らすために、自分の尊厳を犠牲にして男に頼っていたんだ。
ダリルは、このことを知っていたんだろうか?
トリクシーはナタリーの情報とナタリーの診断書を見て、ダリルに送って、彼が何と言うのか確認することにした。
診断書によると、ナタリーの目はもうものを見ることができるようになっている。それなのに、なんでトリクシーに会うたびに、ナタリーは盲人を装うんだろう?トリクシーには分からなかった。考えたくもなかった。ダリルの答えを知る方がいい。
少なくとも、ダリルの答えは、トリクシーに悪い可能性をたくさん考えさせないだろう。
彼女は彼にスクリーンショットを送った。ちょうど車がコミュニティのゲートに到着したところだった。トリクシーは料金を払って車から降り、突然喉が渇いた。コミュニティのゲートにある売店に行って、ミルクティーを1杯買った。振り返った瞬間、あるユニットのドアから出てくる見慣れた姿を見た。
ナタリーだ。
彼女は慌てた様子で周りを見回していて、何かを心配しているようだったけど、盲人用の杖も持っておらず、盲人とは思えないほどスムーズに歩いていた。
トリクシーは時間を見た。4時。ちょうどトリクシーの退勤時間だった。ナタリーは、トリクシーが仕事から帰ってくるのに会いたくなかったんだろう。
不運にも、彼女は間違えていた。トリクシーは今日は仕事に行かなかっただけでなく、早く帰ってきたのだ。彼女が近所から出て、車を呼び、乗り込んで去るのを見ていた。
トリクシーはミルクティーを持って急いで家に帰った。
階下の駐車場を見てみると、ダリルの車が停まっていた。
ナタリーが来ているかもしれないと思って、トリクシーは一瞬にして激怒した。
トリクシーはすぐに階段を上がり、鍵でドアを開け、ドアノブを強くひねって、家に飛び込んだ。
「ダリル!」