第56章
ごくり、と唾を飲み込んだ。目線がカリと、向かいに座ってる女の人を行ったり来たり。…マジで気まずい。どうしたらいいか分からなくて、カリの小さい太ももをそっと撫でた。カリの気持ちを傷つけたくないし、アダムの新しい幸せも壊したくない。アダムが幸せなら、それが一番なんだ。
「おーい、いたいた! どこ探してたと思ってたんだよ!」 プレストンが嬉しそうに手を叩きながら入ってきた。僕らがソファーに座ってるのに気づいてから、やっと同じ部屋にいる女の人に気づいたみたい。「」
アダムが入ってくるのを見て、その子は涙を目いっぱいにためて立ち上がり、拳を握りしめた。「あんた! 誰とも付き合ってないって言ったのに! 誰よ、この人は?!」 叫び声には、傷ついた気持ちと裏切りが滲み出てる。あー、これ、本気で好きだ。
「あーあ」 プレストンは呟きながら僕の方に歩いてきた。自分の兄弟と妹を抱き上げて、すでに予想できる叫び声から逃げるように部屋から出て行った。僕だけ、あのビッチと一緒に置いていかれた。
僕は何となく、二人の間を交互に見た。その子はまたアダムに怒鳴りつけそうだったから、割り込むことにした。この子がアダムの過去を知ってるのかどうか分からないけど、こんなに大げさにしてるってことは、きっと知らないんだろう。アダムがわざと黙ってるのかも分からないけど、こんなことでせっかくのまともな恋愛をダメにしたくなかった。あの子は、誰かを人生を壊すことなく、愛せるような優しい人に見えたんだ。
「あのさ、口出しするのはあれかもしれないけど、アダムのせいじゃないんだ。あたしは元カノだったけど、そう、事故で記憶喪失になっちゃって。だから、今はアダムが好きな人と付き合うのは、当然のことだと思う。あたしたちがどういう関係なのかも、よく分からないし。」 焦った様子で説明した。叫び声で子供たちが怖がらないように。カリが、誰かが怒ってるのは自分のせいだなんて思って欲しくなかったんだ。
僕の説明で、少し落ち着いたみたい。
「記憶喪失のこと、言わなかったよね?」 彼女はアダムに尋ねた。あたしは答えを知らないから、黙ってることにした。
「話す準備ができてなかったんだ」 アダムは穏やかに答えた。彼女は、その答えを受け入れるか、もっと説明を求めるかで悩んでるようだった。結局、彼女は受け入れられるものを受け入れることにしたみたい。
「ちゃんと自己紹介してなかったね。あたしはケース。でも、ケースって呼んで。アダムの元カノで、高校の同級生。」 僕は自己紹介した。元カノって言葉で詰まらずに済んでよかった。まだ信じられないけど、現実を受け入れなきゃ。
「キアラです。よろしくね」 彼女は作り笑顔で僕に挨拶したから、僕も同じように笑顔を返した。
二人にプライベートな時間をあげようと思って、プレストンを探すことにした。どうしてあたしを呼び出したのか聞きたかったんだ。正直、胸が張り裂けそうだった。あたしは、自分がそんなに執着するタイプだとは思ってなかったんだけど、これはちょっとキツすぎる。キアラがビッチだったら、もっと楽だったと思う。彼女が素敵な子だったら、憎んだり怒ったりするのは難しい。別にアダムの幸せを願わないわけじゃないんだ。ただ、飲み込むには苦すぎる薬だった。
キッチンで立ち止まると、ピオとカリがクラッカーを食べてるところだった。ピオが僕に気づいて、可愛い笑顔でクラッカーをくれた。思わず「きゃー!」って言いたいのを我慢した。二人の額にキスをして、クラッカーをもらってから、プレストンの方に向き直って、眉をひそめた。
「マジか、ケース。これは知らなかった。本当にごめん」 プレストンが慌てて謝ってきたから、手を振って制した。「いつか慣れるよ」
「それで、なんであたしを呼び出したの?」 ストレートに質問すると、彼は気まずそうに僕を見た。「…ランチに誘って、彼女に会わせたかったんだ」 胸に、言い表せない痛みが走った。みんな自分の幸せを見つけて、恋をしてるのに、あたしは残された愛と幸せを守ろうとしてるみたいだ。
「なんでそんなことしたいの? あたし、あんたの友達でもないのに」…あ、ちょっとキツい言い方になっちゃった。
「そんなことないよ、ケース。お前は妹みたいなもんだし、彼女に会ってほしいんだ。昨日誘ったばっかりだけど、彼女のこと、もっと知ってほしいんだ」 プレストンがそう言って、感動して息を飲んだ。
彼に駆け寄って、強く抱きしめた。最近、なんでこんなに感情的になってるのか分からない。
「それにしても、顔色悪いぞ。何があったんだ?」
プレストンの言葉に軽く肩を叩いて、肩をすくめた。
「他の人を見てた方が良かったね」 冗談っぽく言ったけど、彼の表情は真剣になった。
「本当に大丈夫? どこか折れてたりしない? さっき足を引きずってたけど」 矢継ぎ早に質問されて、あたしはただ頷いて首を振った。
「大丈夫だよ」 簡潔に答えた。
「あたしがこんな状態で、彼女に会うのは大丈夫なの? 今日は、誰か大切な人に会う準備できてなかったんだけど」 心配になって尋ねると、彼は励ますような笑顔をくれた。
「心配すんなって、きっとお前を気に入るよ」 笑顔を返して、カリがプンスカしてプレストンに文句を言い始めたから、子供たちの方を向いた。「あたしたちも一緒に行くんでしょ?」 プレストンはくすくす笑って頷いた。
「じゃあ、行こっか!」 手を叩いて、ピオを抱き上げ、カリに右手を握らせて、彼女は棒付きキャンディーみたいにクラッカーを舐めてた。
プレストンは鍵を掴んで、アダムと、あたしのじゃな彼女に「またね」って言った。すぐに慣れなきゃ。彼は、あたしのものじゃない。もう違うんだ。あれだよね、愛してるなら手放す、ってやつ。…でも、今はそう感じるより、ずっと簡単なんだろうな。
涙が溢れてきそうになって、あくびで誤魔化して目を擦り、子供たちに靴を履かせてあげた。みんな車に乗り込んだら、プレストンが音楽をかけて、みんなで大声で歌いながらドライブした。
プレストンが車を停めてから、降りて、カリとピオの手を繋いでカフェに入った。プレストンがドアを開けてくれて、カフェを見渡すと、何かが醸造されてる甘い匂いと、この場所の雰囲気が素敵だった。でも、ある顔を見て、僕は立ち止まった。
マディソン。
まさか。
ありえない。
お願い、プレストンの彼女じゃないでしょ。お願い、この世界。
プレストンが彼女に手を振ると、彼女も手を振った。彼女の目が僕とピオとカリを見て止まった。
クソッタレ、世界。なんでそんなにあたしを嫌うんだよ?!