第69章
「地獄が始まる」ってことしか考えられなかったんだ。リングに向かう廊下を早足で歩きながら。心の中に溜まった怒りが爆発寸前で、全部吐き出したかった。怒ってるときに戦うのは賢くないって言う人が多いけど、別に賢くいたい気分じゃなかったんだよね。この戦いを無傷で終えられるとは思ってなかったし。
怒ってるときは集中力が鈍るって言うじゃん。相手の次の動きを予測する能力も落ちる。全部わかってて、怒りでいっぱいなのに、それでもリングに入るのは、多分バカげてるんだよね。でもさ、その夜は別に賢くいたい気分じゃなかったんだ。
全部をリスクに晒してたんだ。家族や友達の安全も。一体何のために?私を裏切って、二枚舌のビッチに選ばれた男のためにだよ。そいつは私の兄の殺人の共犯者でもあるんだ。まあ、くそったれ、アダム。
リングに繋がる階段の下に着いたとき、名前を呼ばれた。子供みたいに足を踏み鳴らすのはやめようと必死で、リングへの階段を登った。嫌だったけど、レヴィがいなくて寂しかった。あいつはクソ野郎だけど、潜入捜査のときに演じてた友達はいいやつだった。毎回試合で応援してくれたし、私の味方だった。少なくともそう思ってたんだよね。
リングの空っぽの隅から視線をそらして、怒りが新しい勢いで戻ってくるのを感じたんだ。目の前に誰がいるのか見て。
悪魔の話をすると現れるって言うけど、まさにそれ。レヴィはニヤリと笑って、軽く手を振ってきた。
彼の姿を見た瞬間、また血が沸騰するのを感じた。こいつの図々しさったら。まるで、私たちに何もなかったかのように振る舞ってる。私を裏切ったことなんてなかったかのように。
試合が始まると、溜まってた怒りを全部ぶちまけるチャンスだって思ったんだ。レヴィに向かって走りながら叫び、最初のパンチを繰り出すために腕を引いた。
試合開始から5分後、ようやく我に返って、目の前にいる男を完全に過小評価してたことに気づいた。試合が始まってすぐ、怒りは消え、受けたパンチの痛みでぼやけてしまった。相手は動かない練習用のダミーみたいにしか戦えなかったから、私にパンチを当てるのは簡単だった。ディフェンスはほとんどできなくて、攻撃だけに頼ってたんだ。
どうにか耐えてる状態だった。コーナーに後ずさりして、またちゃんと呼吸しようとした。息をするたびに痛くて、激しく鼓動する心臓が痛みをさらに悪化させてる。頭はガンガンするし、こめかみを伝うものが汗なのか血なのかもわからない。
朦朧とする中で、大勢の人が騒ぐ声の中で、私の名前が叫ばれるのが聞こえたんだ。痛い白昼夢を邪魔するやつは誰だと思って、顎を上げて見ると、プレストンがマディソンと一緒に立っていたんだ。体に痛みが走ってなかったら、どれだけショックだったか表現してたかもしれない。
プレストンは険しい表情をしてて、マディソンの心配そうな顔とは対照的だった。試合の最初の数分を見てたんだろうな。プレストンの不満が、細められた目から強く伝わってきたから。
「なんだあれは?何やってたんだ?正直、ケース、あれはクソみたいなショーだったぞ。お前がそんな風に戦って、ここまできたとは思えない。そんな戦い方じゃ、何年も前に死んでたはずだ。しっかりしろ。あんなんじゃ、またリングに入った瞬間に死ぬぞ。だから、しっかりしろ」腫れ上がったせいで目がほとんど閉じかけてたけど、プレストンの言ったことが頭に入ってくると、できる限り大きく開けた。プレストンの声が頭に響いた。彼は正しかった。私、何やってたんだ?
顎を食いしばって、そこからくるズキズキする痛みは無視した。痛みは私を覚醒させてくれる。他の命もかかってるんだから、蹴られた子犬みたいに振る舞うのはやめて、アダム以外に、私がこの試合と次の試合に勝てなかったら傷つくことになる人たちのことを考え始めなきゃ。もうすぐなんだから、失敗するわけにはいかない。
神に沈黙の祈りを捧げた。今のボロボロの状態じゃ、神の奇跡を信じることしか頼るものがない。
私が自分で招いたことだけど、お願い、助けて、神様。自分だけじゃ無理なんだ。人間にはできないことだよ。
軽くめまいがして、よろめきかけたけど、すぐに体勢を立て直した。自分の意志の力で自分を奮い立たせようとして、自分がどれだけ弱いか無視した。勝たなきゃいけない。絶対に。
プレストンを振り返って、マディソンをそばに抱きしめてる。彼の唇は厳しい線に結ばれてて、短い頷きを送ってきた。私が勝てると信じてるようだったけど、マディソンは不安を隠しきれてない。彼女は私のために恐怖を瞳に浮かべ、プレストンのシャツの裾を強く握りしめていた。
プレストンに頷き返して、なんとかこの試合に勝てるように、神に無数の祈りを送った。
レヴィを見ると、彼は楽しそうだった。唇が切れてるけど、彼の顔に見えるのはそれだけだった。
「大丈夫。神様がついてる。絶対勝てる」って自分を励ましたんだ。その時点で私が持ってるのは、残された信仰だけだった。私は、助けが来るって信じることに全力を注いだ。
レヴィは十分楽しんだと感じたのか、最初のジャブを繰り出してきたので、私は素早くよけた。本能がついに発動したように感じ、彼の拳の下をくぐり抜けて、彼の胴体に自分のパンチを入れた。次の数発のパンチは、処理する時間もないほど速かった。次に気づいたときには、アッパーカットをした後、相手の胴体に蹴りを食らわせていた。その衝撃で、相手はリングの床に転がり、うずくまっている。耳の中で血が騒がしく流れ、心臓の鼓動だけが聞こえた。ただ必死で呼吸するだけで、目の前の光景を信じることができなかった。
観客の叫び声と歓声が、耳の中の血の流れに混ざり始めた。心臓はまだ激しく鼓動し、アドレナリンが切れていくと偏頭痛が始まった。腕が掴まれ、持ち上げられたのを感じた。
目を上に向けて、リングの上の眩しい八角形を見つめた。最後に覚えてるのは、少し揺れて、「神様が私の祈りを聞いてくれた」って考えた後、足元から力が抜けていくのを感じたこと。誰かの腕の中に倒れて、暗闇に包まれたんだ。