5.2- モンスター
あいつに俺が何をするか、とっくに分かってただろうに。俺があいつを殺すと思ってたのか? まさか。しないよ。
「あいつを壊したい」
自分の気持ちをはっきり伝えて、自分の行動で相手の心をへし折る。そう決めて、後ろに下がって、立ち去ろうとしたんだけど、ママが必死に俺の手を掴んできた。
「セバスチャン、私の愛しい人。お願い」
そう囁きながら、立ち上がって、俺を強く抱きしめてきたんだ。
感情のない表情で、肩越しに彼女を見て、目を細めたけど、ママは俺の手をきつく握ってきた。
「お願いだから、モンスターにならないで」
懇願されたけど、俺の唇にはニヤリと笑みが浮かんだ。そして、ママの手の上に、自分の手を置いた。
ゆっくりと手を離し、彼女の耳元に近づき、冷酷に囁いたんだ。「だけど、俺はそうなんだ」
自分が産み落としたものに、恐怖で震え上がらせて、その場を後にした。俺の不気味な笑い声が空気中にこだましてたよ。仕事に向かう途中だった。
仕事中に邪魔が入るのが、俺は一番嫌いなんだ。我慢できないし、アイリーンから「会いに来る」ってメッセージが来た時は、もう限界だった。
「クソ女」
って、俺は小さな声で呪った。彼女が俺に執着してくるのに、うんざりしてたんだ。
静かに家で、自分の仕事だけしてればいいのに。
「エリナ」
俺は秘書を呼んで、携帯を取り、席を立った。
「はい、ボス?」
「アイリーンの元カレを連れてこい。もしあいつが来たら、俺のところに連れてこい。もうあの女には我慢できない」
そう呟きながら、深く眉間に皺を寄せ、エレベーターに乗り込んだ。エリナは、唖然とした表情で俺の後をついてきた。
「でも、ボス。待つって、彼女に正体を隠すって…たった一週間で?」
エリナは、理解しようとしていたけど、俺は気にしてなかった。気にしてるのは、アイリーンのことだけだ。
「お前の恋人の立場になりたいか?」
俺は真剣な顔でそう言って、エリナを見た。するとエリナは、息をのんで、驚いた顔をしたんだ。
「いいえ、すみません」
エリナはすぐにそう言って、怖がって離れていき、首を横に振った。
「なら、黙ってろ」
俺はそう言って、誰からも何も聞きたくなかったんだ。
俺は、恋人がいない女を求めたんだ。だけど、あいつのはただの子供じみた関係だったんだ。大学時代の恋だかなんだか知らんけど、そんなの俺にはどうでもいいし、興味もない。
だけど、俺がどんなやつかあいつに分からせるためには、あの男がお供え物になる必要があるんだ。もし俺がこんなに命を大切にしてたら、ここにいないだろうしな。
「ボス、彼です」
俺の右腕、デイブが、後ろ手に縛られた男を前に突き出した。
一番信頼できるのは、デイブと弟のジェイコブだ。俺にとって一番大事な男たちだ。
「お願いだ、放してくれ。俺は何が悪かったんだ? お前らは一体何者なんだ?」
男はそう言って、泣きながらもがいてたけど、俺には人間の苦しみほど面白いものはない。
誰かが俺の下で這いつくばって、慈悲を乞うのを見るのが、たまらないんだ。自分が聖人じゃないってことを思い知らされるし、俺は、自分が獲物から得る一つ一つの悲鳴が大好きだ。
「お願いだ、頼むから放してくれ…」
男は泣きながら解放されようとしてたけど、俺はエリナを見ただけだった。
「行って」
エリナは渋い顔をして頷き、俺たちを哀れな無知な魂と二人きりにしたんだ。
「お前は何も悪いことはしてない」
俺はそう言って答えて、片方の口角を不気味に上げて、男の目の前にしゃがみこみ、デイブに手を伸ばした。
デイブは俺に特別な短剣を渡してくれた。罪深く彫られたその短剣が、俺の指にぴったりとフィットする。俺はそれを男の喉に当てて、なぞった。
「ああ、動くなよ。じゃないと、すんなり入っちゃうぞ。大丈夫、気持ちいいから」
俺はそう言って、短剣を男の首に当てた。涙を全部顔に塗りたくってやった。
男の苦しみを楽しんでたんだけど、突然、興奮が込み上げてきて、もう自分の体をコントロールできなくなった。俺は、予告もなしに男の肩を刺して、男を悲鳴をあげさせたんだ。
「たったそれだけか? この程度の声じゃ、この壁にだって聞こえないぞ」
俺はそう言って笑った。男の痛みから得られる興奮をよく分かってるからな。
もっと悲鳴を聞きたくてたまらない。
どうしてこんな血への渇望を手に入れたのか覚えてないけど、今じゃ、そのために生きてるんだ。
もう十分なんてことはない。
「もっと楽しもう」
残虐なオーラが俺を包み込んだ。短剣を強く握りしめ、それを下に引っ張って、男にさらに大きな悲鳴を上げさせた。
「助けてくれ!」
男の無駄な抵抗に笑いながら、俺は立ち上がった。男の血が制御不能になって、俺の高価な靴を汚した。
短剣をデイブに渡して、俺は男をもっと楽しむために銃を取り出した。
「放せ!」
眉をひそめて、俺は顔を横に向けた。アイリーンがまさかここに直接来るとは思ってなかった。まあ、もう後戻りはできないんだけどな。
俺はあいつに俺を恐れて欲しかったんだ。これから、あいつは俺の恐怖の中で生きていくことになるってことを、理解して欲しかった。
「誓います」って言った瞬間に、あいつの人生は終わったんだ。
俺の血が騒ぎ出した。あいつの恐怖を想像しただけで、体が震えるんだ。そして、あいつはやってきた。
たどり着いた先は、他ならぬ、最愛の夫が、銃を手に、彼女がこれまで愛した最初で最後のボーイフレンドを、指さしているところだった。
「ああ、なんて素晴らしいんだ」
俺は、目の前の魂が震えているのを見て、心の底から思ったんだ。完全に、罠にかけられてる。
「セバスチャン…」
俺の名前を囁き、彼女の目には恐怖が満ち溢れてた。
一歩下がって、ついに俺が思っていたような人間じゃないってことを悟ったんだ。彼女の物語は、始まる前にひどい終わりを迎えたんだ。
チッチッチ、かわいそうに…たまらない。
俺は、この男から彼女へと、ゆっくりと死んだような視線を移した。彼女の美しい顔から零れ落ちる恐怖の一滴一滴に、浸るように。
「お願い…やめて…」
彼女は否定するように首を振った。涙が頬を伝ったけど、俺は不気味に笑ったんだ。それこそ、俺が求めているものだ。もっと彼女の恐怖が必要だったんだ。
激しい視線を交わし、俺は躊躇することなく彼女の恋人を撃ち殺した。
だから、彼女は人生の残りの間、自分がモンスターと結婚したって事実を、魂に刻み込むんだ。