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「ルアナ?」
ルアナは息をのんで、心臓がバクバクした。
「中にいる?」
レイ・ルイックの声だってすぐわかった。レイ・ルイックはオフィスに行く気がないみたい。だって、今朝からあの人が準備してシャツを着る様子なんて全然見てないんだもん。
シャワーも浴びずに、出かける代わりに、レイ・ルイックはゴロゴロしてた。ルアナが隣にいなくなってから、レイ・ルイックは慌てて彼女を探し始めたんだ。変なことばっかり頭に浮かんだけど、朝に庭で花に水をやってるルアナを見つけて、ほっとしたんだよね。
それが、もう夕方近くになって、レイ・ルイックはまたしても、目の前からいなくなっちゃったルアナのことでもやもやしてた。
「あ、はい」ルアナはドキドキしながら小さく言った。この長い物体、どうすんの?捨てる?レイ・ルイックに見つからないところに隠す?
ああ、マジで頭痛い。
「シャワー浴びた?」レイ・ルイックはまた言った。レイ・ルイックはドアに頭をくっつけて、ルアナの声がちゃんと聞こえるか耳たぶをトントンしてた。
「ううん、まだ」ルアナは、持ってた検査薬を慌ててズボンのポケットに突っ込んだ。レイ・ルイックが何か聞いてこないように。
まだ心の準備ができてないんだよね、ほんとに。どこから話せばいいのかわかんないし、数分前にわかったこと、まだ信じられないんだもん。全部嘘みたいだし、ますます頭痛くなるし。
ルアナは黙ったまま、ドアの方に一歩進んだ。レイ・ルイックはもう返事しなかったから、どっか行っちゃったのかもって思ったんだ。
ドアノブを回してゆっくり開けたら、レイ・ルイックが明るい笑顔で迎えてくれて、ルアナはちょっと息をのんだ。レイ・ルイックはわざと待ってたんだ。
「シャワー浴びる?」レイ・ルイックは壁にもたれながら言った。質問なのか、誘ってるのかよくわかんなかったから、ルアナは肩をすくめた。
「もう浴びたよ」ルアナはレイ・ルイックから距離を置きながら首を振った。
昨日の夜のことがあったから、レイ・ルイックから距離を置くのは、自分の心を守るために必要なことだったんだ。もう期待しないように、自分のものじゃないものに執着しないように。
少なくとも、今は。
「もう一回シャワー浴びたい?」って、誘ってきた。「一緒に」って。
レイ・ルイックのちょっとドキドキする誘いに、ルアナの頬が熱くなったけど、すぐに嫌そうな顔で睨んだ。「いらない」
レイ・ルイックは笑って、ルアナのベッドまでついてきた。ルアナは居心地悪かったけど、レイ・ルイックがまだついてきて、ベッドの端っこに座ったんだから、しょうがない。
二人は並んで座った。
「後でご飯食べに行かない?」レイ・ルイックはまた言った。「なんか食べたいものある?」
嬉しそうな顔のレイ・ルイックをチラッと見て、ルアナは小さく首を振った。「あとでアレルギー出るよ」って言って、軽く笑った。
レイ・ルイックは、ルアナが笑ってくれたことが嬉しくて、なぜか心が温かくなった。ルアナが幸せなら嬉しいし、ルアナが幸せなら嬉しいんだ。ルアナが自分の本当の姿を見せたとしても、レイ・ルイックは最初から彼女を選んでたから、別にどうでもよかった。
「別にいいよ」レイ・ルイックは腕を後ろに回して、支えにした。「またお前が面倒見てくれるし」
ルアナは微笑んで、朝からシャワーも浴びてないのにイケメンなレイ・ルイックの顔を見た。本当に神様が作った完璧な彫刻みたいで、レイ・ルイックの顔は心にしまっておかなきゃって思った。
いつか、時間と空間が引き離すかもしれないから。
「旦那様」
レイ・ルイックは眉をひそめた。「名前はレイだよ、ルアナ。レイって」
ルアナは息を吸った。「わかった、レイ」
「うん、それで?なんで?」
ルアナの顔が悲しそうになるのを見て、レイ・ルイックは注意深く待った。ルアナは真剣な話をするみたいだったから、体をレイ・ルイックの方に向けて話始めた。
「あのさ、ちょっと聞きたいことがあるんだけど」ルアナは時々下を向きながら言った。「答えてくれる?」
「もちろん」レイ・ルイックはすぐに答えた。座り方を直して、二人はベッドで向かい合って座って、片足を曲げた。「何でも聞いて。全部答えるよ」
ルアナはレイ・ルイックの青い瞳を見て、嘘のない誠実さを見つけた。いつも正直でいようとしてくれるし、ルアナは感謝しかなくて。
「私のこと、いつから知ってたの?」ルアナは核心をつくように聞いた。目は不安そうだった。
レイ・ルイックは小さくため息をついたけど、前に約束したことから逃げようとはしなかった。全部答えるつもりだったんだ。
「ライプツィヒに飛んだとき」レイ・ルイックは笑顔で言った。「あの日から、お前を一人にしたときから」
ルアナは、レイ・ルイックと一緒に過ごした夜のことを思い出した。あの夜は、レイ・ルイックが彼女の許容範囲を超えそうになった夜だった。衝撃を隠しきれず、ルアナは口を覆った。
「そんな前から?!」って、小声で言った。「なんで知らないフリしてたの?なんでそんなことしたの、レイ?」
レイ・ルイックはゆっくりと手を動かして、ルアナの膝から落ちそうな手を掴んで、大切そうに握った。
「お前を大切にしたかったんだ、ルアナ」レイ・ルイックは正直に答えた。視線を彷徨わせながら、ゆっくり続けた。「最初は、俺たちの間にあったことに対して責任を感じてたから。でも、時間が経つにつれて、本当に、お前を自分のものにしたくなった」
ルアナの舌が凍りついたみたいだった。この人が言ってること、本当なの?本当に、愛のために、今まで彼女をそばに置いてくれたの?
「でも、俺たちは…」
「わかってる」レイ・ルイックはすぐに遮った。「だから、俺を信じてほしいんだ、ルアナ。あの日、俺のことだけ信じてくれるって約束しただろ。ベアトリスが戻ってきたから、色々考えちゃうのはわかるけど、俺はもう彼女のことなんか全然欲しくないって信じて」
状況はさらに複雑になりそうだった。だって、ルアナはベアトリスが黙ってるわけないって確信してたから。結局、ここは彼女の場所なんだし。
「でも、そんなの無理だってわかってる」ルアナは頭を下げて言った。「わかってるでしょ、このままじゃどうなるか。それに、私、ベアトリス・コリンズと顔を合わせられない」
ルアナは、その女の名前を口にした途端、喉が詰まった。
「心配しないで」レイ・ルイックは握り合った手を持ち上げて、妻の手の甲に軽くキスをした。「お前は俺の後ろに隠れてればいいんだ。俺が守ってやる。そうしたい?」
ルアナは二回瞬きした。心はまだ落ち着かなくて、ズボンのポケットに入ってるものもあるから、特にそうだった。
「全部抱え込みたい気持ちはあるけど、簡単じゃなくても、踏ん張ってほしいんだ、ルアナ」レイ・ルイックは懇願するように言った。「だって、俺はお前が必要なんだ。一人じゃ全部乗り越えられないんだ。でも、お前とならできる」
ルアナはまだ唇をきつく結んだままだった。今、希望に満ちた目で自分を見つめる夫に、どんな返事をすればいいのか、考えてたんだ。
「俺に任せて、信じて」レイ・ルイックは安心させるように繰り返した。「全部乗り越えよう。俺がお前を守るから、誰もお前に触れないようにする。誰もお前を裁けないようにする。誰も近づけないようにする。俺がそうするって約束するよ、ルアナ」
ルアナは、胸が飛び出しそうになるのを感じた。偽りかもしれないのに、急に希望で満たされたんだ。ベアトリスがいつか現れたら、レイ・ルイックがまだこんなこと言ってくれるのか、想像もできなかった。
ルアナには、想像することすらできなかった。
二人の間に数秒の沈黙が流れた後、レイ・ルイックは携帯が鳴り始めたことに気づいた。ズボンのポケットから平らな物体を取り出して、発信者を確認した。電話を低い位置に持ったまま、レイ・ルイックは、今画面に表示されている名前をルアナが見ているとは思ってなかった。
ベアトリス。B-e-a-t-r-i-c-e。
あいつだ。そして、これが二人の結末になるはずだった。
電話に出る代わりに、レイ・ルイックはルアナをじっと見つめた。こんなに時間が経って、あの番号がやっとまたかかってきたのに、もう状況は同じじゃないってことを知らなきゃならないんだ。
「出て」ルアナは、突然の気まずさを隠そうとしながら言った。「話した方がいい」
ルアナは、もう時間を無駄にせず、ベッドから出た。レイ・ルイックの部屋と自分の部屋を隔てる間仕切り戸を通り抜け、女性は一度も振り返らなかった。
レイ・ルイックにスペースを空けたかったんだ。ずっと前からそこにあるはずだったスペースを。
今、女性の手が、以前ポケットに入れた検査薬を掴もうと動いているのに、彼女の心臓が熱くなり始めたことなんて気にしなかったんだ。