33. 後悔
ハンナはダイニングルームでアルデンを見なかった。裏のパティオもチェックしたけど、朝ごはんにはアルデンがいなかった。それが心配になった。
「具合でも悪いのかしら?」 ハンナはつぶやいた。
アルデンの部屋に行こうと決めて、ドアの前で止まった。ノックしようとした瞬間、固まってしまった。何て言えばいいんだろう?
『旦那様、朝ごはん食べなかったんですか?』
『旦那様、大丈夫ですか?』
『旦那様、昨夜はごめんなさい。断ってしまって、ちょっと…』
そんなことを考えていたら、結局、アルデンに構う必要はないんじゃないか?って結論になった。きっと、ハンナがまたちょっかい出そうとしてるって思われるだけだし。
突然、ハンナは彼を起こすのはやめようと思った。
朝食をかきこみながら、その日の午後にプレゼンする資料に目を通した。
ガタガタという車輪の音がして、アルデンが入ってきた。ハンナとアルデンは視線を交わしたけど、誰も話さない。
「ごめんなさい、その…」
ハンナは、前夜のアルデンの誘いを話したくて、あんなにきっぱり断ってしまったことを悪く思っていた。でも、いつもの冷たいアルデンの表情を見ると、すぐに考えを変えた。
「朝食は召し上がらないのかと思って、起こしませんでした」 ハンナはそっけない口調で言った。
「大丈夫だ。ちょっと寝坊しただけだ」
アルデンの無関心な返事に、ハンナは自分の言葉が正しかったと感じた。アルデンは、注目されたり、認められたり、同情されたりすることに、全く興味がないみたい。たぶん、侮辱とか、憐みだと思われるだけだろう。
ハンナは立ち上がり、食べかけの朝食を少し残した。アルデンのほうをチラッと見ることもなく、アルデンも同じように無関心だった。彼の無関心さに、ハンナはイライラした。1年間も我慢してきたのに、本当にむかつく。
「1年なんてあっという間」 ハンナは自分を慰めるように考えた。
「オフィスに行ってきます、旦那様」 ハンナは軽くうなずいた。
いつものように、アルデンは返事をしない。せめて「ああ」くらい言えばいいのに。でも、アルデンは自分の好きなように、彼の権力の下にある人々の気持ちをもてあそんでいる。
...
家からオフィスまでの道のりは、まるで永遠のように感じた。渋滞とか何もないのに。なぜか、ハンナは全然元気が出ない。いつも自信たっぷりで、夫の全面的サポートを受けている自立した女性を演じているけど、本当はすごくもろいんだ。
この仮面を、あとどれくらい被っていられるんだろう?
車から降りて、ビルに入ろうとしたとき、左から声が聞こえた。ハンナがよく知っている声だった。
「ハンナ!待って!ハンナ!」 フランチェスカが言った。
ハンナは瞬きして、本当に継母なのか確かめた。フランチェスカは何がしたいんだろう?ハンナのイライラが込み上げてきた。
「やあ、ハンナ」 フランチェスカは少し息を切らしながら挨拶した。「話せない?あなたにすごく大事なことがあるの。本当に大事なことなの」
ハンナは時計を見た。あと30分くらい時間がある。「わかったわ」 ハンナはうなずいた。
警備員がドアを開けて、温かく挨拶してくれた。フランチェスカは、ハンナに対する扱いの違いを感じた。まるでテスコの女王様みたい。
後悔の念がフランチェスカの心の中に残っていた。どうしてアスペンはアルデンと結婚するのを拒否したんだろう?彼が事故に遭って歩けなくなったから?
もしアスペンが、アルデンの障害が資産になりうることに気づいていたら、フランチェスカの娘は今、ハンナの立場、つまりテスコのオーナーになっていたはずなのに。
フランチェスカは、アスペンがあまりにもバカで、ジェフリーと妊娠して、代わりに彼と結婚したことを張り倒したい気持ちだった。ジェフリーはただの中流階級の男。もっと悪いことに、今はカフェのウェイターだ。
もちろん、ハンナにクビにされた後だけど!
ハンナはフランチェスカを来客室に案内した。ハンナが入るとすぐに、飲み物を買いに来ていた数人の従業員が出て行った。部屋は不気味なほど静かで、ハンナとフランチェスカだけになった。
ハンナはソファーに座った。「何の話がしたいの、フランチェスカ?」
「あら、テスコのオーナーになったあなたは、私と話す時間もないくらい忙しいの?」
ハンナは目の前に座っている中年女性を睨んだ。「ええ、すごく忙しいわ。あなただけじゃなくて、自分の夫とも話す時間があまりないくらい」
「まあ、まあ…どうしてそんなことになっちゃったの?」 フランチェスカは鼻で笑った。「もしあなたが仕事に忙しすぎて、夫が浮気して別の女にいくかもしれないわ。全部お金を失うことになるわよ」
ハンナは皮肉な笑みを浮かべた。「アルデンはジェフリーじゃないわよ」
フランチェスカはゴクリと唾を飲み込み、継娘の言葉に傷ついた。でも、今は反論できない。ハンナが必要なんだ。
彼女の単純な考えでは、ハンナが怒れば、すべての計画が台無しになる。
「それで、フランチェスカ、具体的に何が話したいの?」 ハンナは尋ねた。
「お金がないの」 フランチェスカは吐き出した。
ハンナは眉を上げた。
アルデンがフランチェスカに渡したお金は少なくなかったはず。町の外れに小さな家を借りたり、買ったりするのに十分で、老後のためにたくさん残るくらい。フランチェスカは、それを半年も経たないうちに全部使い果たした?毎日高級レストランで食事をして、キャビアでも注文したのかしら?ハンナは信じられない思いで考えた。
「アルデンからあなたがお金をもらったことをどう使ったのかは知らないけど、あなたはその金額が大きいって考えなかったの?」 ハンナは感情を抑えようとしながら尋ねた。
フランチェスカは軽くため息をついた。「まあ、あなたにも関係あるのよ。ジェフリーをクビにしたでしょ?」
「ええ、それが?」
「それでアスペンは生活費で困ってたの。お金が全くない時期が何週間かあって、私が面倒を見なきゃいけなかったのよ」
「それは私の問題じゃないわ。あと、言っておくけど、アスペンはここで私を襲撃しようとしたの。私は、娘を刑務所に入れるか、ジェフリーをクビにして、二度とそんなことが起きないようにするか、どっちか選べたのよ」
「ええ、でも私にお金が必要なの、ハンナ。もうほとんど残ってないのよ。家を借りたけど、今はアスペンとジェフリーが一緒に住んでるの。だから、彼らがプライベートな空間を持てるように、もう一つ小さな家を借りなきゃいけなかったのよ」
「お願いだから、フランチェスカ。私はあなたの問題の責任はないわ。もう私に構わないって、アルデンに約束したんじゃないの?」