31. 新しい「ハンナ」
ハンナは、その日の朝、朝食をさっさと済ませた。
アルデンとの関係はゼロに戻った。会話もないし、アルデンはハンナのほうをチラッとも見ない。
でも、なぜかハンナは何も感じなかった。もう、何も感じなくなってた。
「失礼します、旦那様。そろそろオフィスに行きます」ハンナは立ち上がってそう言った。
アルデンは一瞬驚いた。ハンナの方を向いた。「旦那様?」
ハンナはうなずいた。「何か問題でも?」
「なんでまた俺のこと『旦那様』って呼ぶんだ?」
ハンナは深呼吸した。「あなた自身、私たちの関係はビジネスだけだって言ったじゃないですか。私も、この関係ではプロ意識を持ちたいんです。でも、周りの人たちには、まだ仲良しだってこと、ちゃんとアピールしときますから」
「ハンナ…」
「おはようございます、旦那様」
ハンナはダイニングルームを足早に出て行った。アルデンは一瞬呆然としていた。
突然、ハンナの冷たい態度を見て、アルデンは後悔の念に駆られた。ハンナに、かわいくいろって言えばよかったんだ。
でも、なんで?アルデンは、ハンナをからかって、ひどい扱いをしてきたって思ってた。ハンナには関わってほしくなかったし、どっか行ってほしかったんだ。それに、ハンナの態度が元に戻ったなら、アルデンはそれを受け入れるしかない、だろ?
玄関を出るとすぐに、運転手が車のドアを開けてくれた。複雑な気持ちで、ハンナはシートに体を預け、胸がまだズキズキ痛むのを感じた。
でも、ハンナはアルデンとの取引が終わるまでは、テスコを建てるって決めてたんだ。
「ジェイコブ」ハンナは運転手に声をかけた。
「はい、マアム?」
「今日の午後から、4時にオフィスに来て、運転を教えて」
運転手はバックミラー越しにハンナを見て、信じられないって顔をしてるみたいだった。
「運転が下手だってことですか、マアム?」ジェイコブは焦り始めた。
ハンナは微笑んだ。「ううん、ジェイコブ。でも、自分で運転を覚えたいの。あなたに迷惑かけたくないし。あなたは、アルデン・ハリソンを、彼の行きたい場所に集中して連れて行ってあげて」
「わかりました、マアム」
そう、ハンナは、昨夜のうちに来年までにやりたいことリストを書いてて、それを全部やるって決めてた。車の運転も含めて。
将来役に立ちそうなことは、全部やるんだ。
アルデンへの復讐でも、証明でもない。ただ、ハンナは、アルデンから解放された後、もっとすごい人間になりたかったんだ。
誰の助けも借りずに、ハンナは自立する。
誰にも頼らずに。
...
オフィスに着くと、ハンナは自分の部屋に直行した。スーザンとバーナードと、もう一人、男の人がいた。新しい秘書の人だろうとハンナは思った。
「おはよう、ハンナさん。時間通りだね」バーナードは朗らかに挨拶した。
「おはようございます、旦那様」ハンナはバーナードにうなずき、スーザンと男の人に微笑んだ。
「こちらが、あなたの秘書になるオスカーさんです…」
ハンナは、バーナードの言葉を遮った。「あ、すみません、話の途中で。でも、スーザンに秘書をしてもらいたいんです、ミスター・ガルフマン。よろしいでしょうか」
「おや…」バーナードは、ハンナの突然のお願いに少し驚いた様子だった。「まあ、別に構わないんだけど。スーザンとは話したのかい?」
ハンナはスーザンを見た。「どう思う、スーザン?」
スーザンは、驚いたふりをして、何気なく振る舞おうとしているようだった。でも、この計画はすでに知ってたんだ。「はい、私で大丈夫です、マアム」スーザンは答えた。
ハンナはすぐに椅子に座り、オスカーを一瞥した。その若い男は少しがっかりした様子で、もしかしたらハンナは彼の見た目とか、仕事ぶりを気に入らなかったんじゃないかって思ってるのかもしれない。でも、ハンナがスーザンを個人的な秘書にした理由は、それとは違うんだ。
「これは内緒だけど、私の旦那には、私が男性秘書を持ってるって知られたくないの」ハンナは少し嘘をついた。「彼はちょっと嫉妬深いから」って言って笑った。
「ああ、なるほど。それは気がつかなかった」バーナードはつぶやいた。
オスカーの顔色は悪くなった。彼は、まだ働き始める前にクビになるんじゃないかって不安そうだった。
ハンナは付け加えた。「まあ、オスカーも、ミスター・ガルフマンとうまくやってくれると思いますよ」
「もちろん」バーナードはすぐにうなずいた。
「今日はミーティングが2つあります。最初のミーティングは急で、1時間後です。ミーティング会場の1つに行かなければなりません、ハン—…ハンナ様」スーザンはすぐに話題を変えた。「ハリソン夫人」
「どこで?」ハンナは尋ねた。
「カフェの1つで、テレビ局の人たちと会います」
*
ハンナがカフェに着くと、テレビ局のスタッフはインタビューの準備で忙しく、機材やカメラをセッティングしていた。彼らはハンナを温かく迎え、フレンドリーだった。ハンナは座って待つように言われ、インタビューの準備が終わるのを待った。
「テスコのオーナーにお会いできて光栄です」熱心なレポーターが言った。
「こちらこそ光栄です」ハンナは答えた。
「ちょっと待ってください、ウェイターを呼びます。飲み物とか、ケーキとか、何か欲しいでしょう。待っててください」
レポーターは歩いて行ってしまい、ハンナとスーザンは一緒に座っていた。スーザンはメニューを熱心に見てる。
「このケーキ、美味しそう」スーザンはささやい。
「注文しちゃえば?どうせ後で払ってくれるんでしょ?」
スーザンは小さく笑った。「ああ、ハンナ。本当にすごいわね。テスコのオーナーと秘書が、インタビュー中に食べ物や飲み物を注文して、得してるような印象を与えないで」
「1つか2つくらい、誰にも迷惑かけないでしょ、スーザン」
彼女の注意は、急ぎ足で近づいてくる足音とフレンドリーな挨拶にそれた。ハンナが振り返ると、ジェフリーがいて驚いた。ジェフリーも驚いた様子だった。
「ハンナ?」ジェフリーの顔はすぐに赤くなった。それからスーザンに目を向けた。「ああ、ミス・サマー」
「ここで働いてるの?」ハンナは尋ねた。
ジェフリーは小さく咳払いをした。「ええ、そうなんです。あなたのおかげで」
その言葉は、ハンナの心に突き刺さった。後悔の念が押し寄せる。もし、あの時あんなに勝手なことしなければ、ジェフリーはまだテスコで働いていたはずなのに。
アスペンは、妊娠した今、どうやって生きていくんだろう?ジェフリーは、ウェイターとして働いているのに。
でも、ハンナは一瞬にして、自分がこれから繰り広げようとしている復讐のことを思い出した。
ずっと自分を傷つけてきた人の破滅の瞬間を楽しむべきじゃない?
ハンナは優雅にうなずいた。「どういたしまして、ジェフリー。あなたはウェイターとして働くに値するわ」ハンナはにっこり笑った。