96. ゆびきりげんまん
レストランに着くと、**ハンナ**はサッと手を引っ込めて、できるだけ何でもないふりをしようとした。でも、**ドク**の態度はちょっと苦手だった。
二人は向かい合って座り、**ドク**はすぐに店のオススメ料理をいくつか提案してきた。**ハンナ**はただ、**ドク**のオススメに従った。
「それで、今日は何の話?」**ドク**が尋ねた。
「財務報告書のこと、**ドク**」**ハンナ**は小さく咳払いをした。「確認したんだけど、クリニックの支出が収入より多いの。患者さんはたくさんいるのに、治療費とか薬代が…」
**ドク**は片手で顎を支え、**ハンナ**をじっと見つめて微笑んだ。もちろん、**ハンナ**はそれが気恥ずかしかった。
「続けて」**ドク**は笑顔を広げた。
「つまり、治療費は比較的安いってこと」
**ドク**はただ頷き、彼女の言葉に同意しているようだった。でも、その表情はあまり真剣さを伝えてこなくて、**ハンナ**は少しイライラした。
「私が大げさに言ってるって思う、**ドク**?」**ハンナ**は尋ねた。
「いや」**ドク**はため息をつき、姿勢を正した。「君の言うことは本当だよ。最初から分かってた。でも、このクリニックは、あまりお金のない人のためのものなんだ、**ハンナ**」
「あ…」
「母に資金援助してもらうのは、もう続けていけないって分かってる。だから、貢献したいって人から寄付を募ろうと思ってるんだ。もちろん、医療分野への」**ドク**は説明した。
「知らなかった。ごめんなさい」**ハンナ**は目を伏せた。「ただ、今のままクリニックが運営を続けたら、この人たちは治療を受けられなくなるかもしれないって…」
「クリニックが潰れるかもしれないから?」
**ハンナ**は、それをはっきり言うのは居心地が悪かった。「はい、**ドク**」
「心配しないで。何とかするよ。ただ問題は、母が大きなプロジェクトで忙しくて、資金援助を頼むのが難しいってことなんだ」
目の前に座ってるこの人、どんだけお金持ちなんだろう?**ハンナ**は思った。でも、**エリザベス**の家もお金持ちだし、同じようなもんなのかな。いや、もしかしたら**ドク**の方がもっと…
「分かりました、**ドク**」**ハンナ**は頷いた。「全部、お任せします」
「**ハンナ**、僕のこと、『**アストン**』って呼んでくれないか?」
**ドク**は話題を変えた。そして、**ハンナ**は目の前の医者の軽さに驚いた。
「なんで?他のスタッフはみんなそう呼んでるけど」**ハンナ**は答えた。
「飽きちゃったんだ。ちょっと刺激をくれないか?」**ドク**はクスクス笑った。「頼まなきゃダメ?」
**ハンナ**はすぐに首を振った。「嫌だよ、そんなの。分かった、**アストン**って呼ぶよ」
すると、彼は小指を差し出した。「指切り?」
**ハンナ**の顔に照れくさい笑顔が広がった。彼女は彼の小指と自分のを絡めた。「指切りげんまん」
二人の会話は、料理が運ばれてきたところで中断された。**ドク**はグラスから水を一口飲み、**ハンナ**を見つめ返した。
「君の人生の話を聞きたいんだけど、いいかな?」彼は率直に言った。
**ハンナ**は、確かに少し居心地が悪かった。一緒に仕事をしているのに、個人的なことを話すのは変な感じがする。なんで**ドク**はこんな風なんだろう?彼に困惑していた。
「実は、ちょっと困るわ」**ハンナ**は言った。「個人的な話はあまりしたくないの」
「あ、そう」
「なんでそんなにストレートなの?」**ハンナ**はため息をついた。「正直、ちょっと困るわ」
「まあ、君に興味があるんだ。**エリザベス**が、君は大変な人生を送ってきたって言ってたんだ」**ドク**は肩をすくめた。「それに、君が妊娠してここに来たって話もよく聞くし」
**ハンナ**は、どう返事していいか分からず、まだ医者の性格を測ろうとしていた。
「もし君にまだ旦那がいたら、ちゃんと面倒見てもらうためにここに連れてきたのに」**ドク**は続けた。
「もし、いないとしたら?」
「じゃあ、僕が面倒見るよ」
**ハンナ**の顔が赤くなり、心臓がドキドキした。これは、ランチ中に誰かから聞く言葉じゃない。急に**スーザン**に電話して、**アストン**のこと話したいと思ったけど…できないことに気づいた。
郷愁とサマーヒルへの憧れが募り、彼女の心に寂しさが広がった。
*
「**スーザン**?」
**バーナード**の声が、パソコンの画面を眺めて仕事をしているふりをしていた**スーザン**の思考を遮った。彼女は慌てて立ち上がり、笑顔を見せた。
「どうしましたか、**ミスター**?」**スーザン**は尋ねた。
「**アルデン**が君に会いたがってる」**バーナード**は不安そうだった。「僕のオフィスにいるよ」
もちろん、**スーザン**はそう思わざるを得なかった。**アルデン**が彼女に会いたいって?突然?
**スーザン**の心は沈んだ。特に**バーナード**の心配そうな表情に気づいた時。自分に関わることで何が起こっているんだろう?**スーザン**はいつもきちんと仕事をしていたのに。
彼女は、これ以上時間を無駄にすることなく、**アルデン**に会いに行った。**バーナード**と彼女が、窓の外をじっと見つめ、ソファに座っている**アルデン**にたどり着くまで、そう時間はかからなかった。彼の顔はやつれていて、疲れているように見えた、と**スーザン**は思った。
「**ミスター・ハリソン**、私に会いたいって?」**スーザン**は尋ねた。「何か問題でも?」
「**ハンナ**は今、どこにいる?」**アルデン**は率直に尋ねた。
**スーザン**は驚いた。**アルデン**がそんな質問をしてくるとは思っていなかった。でも、彼女はすぐに首を振った。
「分かりません、**ミスター**」彼女は答えた。
「嘘をつかないでくれ、**スーザン**」今度は、**アルデン**の口調は苛立っていた。彼は、**ハンナ**の元秘書をじっと見つめた。「彼女が町を出たっていう話も聞いたし、海外に行ったっていう話もある。どっちが本当なんだ、**スーザン**?」
「すみません、**ミスター**。でも、あなたは彼女の旦那さんでしょう。**ハンナ**がどこにいるのか、もっとよく知っているはずです」**スーザン**は答えた。
**アルデン**の顔は険しくなった。彼は彼女の言葉を否定できなかった。彼女の言うことは真実だったから。
「**ハンナ**が君に連絡してきたことはあるか聞きたかったんだ。それとも、二人はまだ連絡を取り合っているのか?」**アルデン**は尋ねた。
**スーザン**は、**アルデン**に腹が立ち、目の前の男を罵倒したいと思った。でも、**スーザン**は**ハンナ**の個人的な生活、特に**ハンナ**の結婚生活に干渉することはできないと分かっていた。
皮肉なことに、**アルデン**はすでに離婚を申請していた。
**スーザン**は、ブレザーのポケットから携帯電話を取り出し、**ハンナ**の番号を検索した。彼女はその番号に電話をかけたが、もはや使われていなかった。
「**ハンナ**がどこにいるか分かりません。この番号が最初で最後の番号だってことは知ってるし、もう使われていません」**スーザン**は**アルデン**に携帯電話の画面を見せた。
「分かった」**アルデン**は頷いた。「君の時間を取ってしまって申し訳ない、**スーザン**」
**スーザン**は敬意を払って頷き、**バーナード**のオフィスから急いで出て行った。**アルデン**の顔はさらに暗くなり、彼は涙をこらえた。
「まだ**ハンナ**を見つけられますよ、**ミスター・ハリソン**」**バーナード**は静かに言った。
でも、**アルデン**はただ首を振った。「時間がないかもしれない、**バーナード**。**ハンナ**は重病なんだろう?だったら、なぜ僕はあんな愚かなことをして離婚してしまったんだ?」