第56章
まっすぐなパンチを試みたんだけど、あいつ、意外にも僕の腕を掴んできてさ。そのまま、僕の後ろに回り込まれちゃったんだよね。腕はまだ掴まれたままで。もう片方の腕も捕まえられて、体の後ろでロックされちゃった。手首をきつく掴まれて、締め付けられてる感じ。
やつ、荒い呼吸してるのが聞こえるし、熱い息が首の後ろに軽く吹きかけてきて、僕は奥歯を噛み締めた。「作戦変更といこうか」
流れるような動きで、手首をひねって、きつく掴まれてたのを振りほどいて、代わりに相手の手首を掴んだ。体を素早く90度回転させて、相手の手首はきつく掴んだまま、相手を膝をつかせた。
一瞥しただけで、相手がショックを受けてるのがわかった。僕が優勢だと思わせておいて、顔面に膝蹴りをかまそうとしたんだけど、やつは後ろにのけぞって、膝は空を切った。
何が起きてるのか理解する暇もなく、相手は僕の足を払ってきて、足がもつれて倒れそうになった。びっくりして息を呑み、目を見開いた。相手の反射神経の速さに感心しながら、素早く横に転がって、距離を取ろうとして、すぐに立ち上がった。
あいつ、マジで強いな。
またしても繰り出された一撃を、かろうじてかわして、体を右にひねった。振り返ると、やつは息を切らしていて、僕は相手に眉を上げて、自分の胸も相手の攻撃を避けようと頑張ったせいで大きく上下していた。
「どうした?疲れた?」僕は挑発するように聞いた。あいつは強いし、こんなこと言ったら殺されるかもしれないけど、この状況を楽しみたいんだよ。
「まさか」やつは息を切らしながら、次の攻撃を仕掛けてきた。今回は、来るのがわかった。アドレナリンが放出されて、体が前に進むのを感じた。
「やっと!」僕は苛立ちながら、自分の攻撃で反撃した。ついに、相手の戦術がわかったんだ。見事にやつを蹴り倒して、近づいて行ったら、今度は自分が尻もちをついた。
少し頭を振って、突然の攻撃から体勢を立て直そうとした。相手を見ると、やつはもう立っていて、僕の方に歩いてくる。僕は気を失ったふりをして、どうしようか頭の中で考えていた。一石二鳥ってやつだ。
もう一度鬼ごっこみたいなことにはなりそうにないから、僕は必殺技を繰り出すことにした。神様に、いつか許してくださいって、心の中で祈った。息を止めて、相手が数歩の距離まで来たところで、足を突き出して相手の足を蹴り、やつは悲鳴をあげた。
やつが苦しんでいる姿に、半ば急ぎ、半ば用心しながら近づいて行った。相手の怪我を観察しながら、やつは足を抱えて、顔をしかめて苦しんでいる。体はよじれて、曲がっている。見ていて胸が痛くなって、良心が何かしろって叫んでいるんだけど、僕の足は、脳みそを裏切って、そこに釘付けになったままだった。何もできないんだ。遠くからベルが聞こえてきた。でも、それは小さく、ざわめきのように聞こえ、制服を着た人たちがリングに駆け込み、担架を持ってきてやつを運び出した。
腕を掴まれて、体を引きずられるのを感じた。心は静かで、心臓は今までで一番重く、感情が入り混じって波打っていた。
僕の目の前で、指が二本、パチンと鳴らされた。すぐに現実に引き戻された。全てが元に戻り、感覚が再び研ぎ澄まされ、僕は周りを見回して、脅威がないか探した。
レヴィが目の前にいるのを見て、僕は緊張した。今の僕は、ピクシー。良心も、感情も、弱点もいらない何も見せちゃいけない。レヴィの目を見ると、やつは勝利と誇らしげに笑っていた。
こいつ、やばいな、と心の中で結論づけ、やつのできあがった表情をじっと見つめた。僕らは歩き出し、道中で賞品を受け取った。レヴィは口を閉じる事ができず、僕はやつのおぞましい長話を我慢するしかなかった。
「やったな、ピクシー。お前を疑ったことは一度もないけど、最初の数分は激しかったな。お前は飛び回って、そして、パチン、と指を鳴らして、あいつを倒し、ママに泣きつかせたんだ。マジで、お前は唯一無二だよ」やつは兄弟のような誇りを持ってそう言い、目はキラキラしていた。一方、僕はやつが使った言葉に吐き気がした。あいつに致命的な怪我を負わせたんだ。相手の弱点を利用した。あれは、戦いじゃない、卑怯者だよ。
いや、違う。金が必要だったんだ。
お、今度は僕の味方かよ。すごいじゃん。さっきまで、まるで僕が生まれたての赤ん坊を殺したみたいに叫んでたのに。
おい、頑張ってるんだよ。
ああ、そうでしょうね。もちろん。
僕は心の中で目を丸くし、事の成り行きを忘れてしまうところだったけど、レヴィが僕を建物の外までエスコートしてくれた時、バイクのところまでじゃなく、観客が出入りするドアに向かった。
僕は怪訝な顔でやつを見た。やつは肩をすくめた。
「スペシャルゲストを連れてきたんだ。紹介しないか?」僕はイライラして唸った。
「レヴィ、大好きだけどさ、正直、誰かに会う気分じゃないっつーか」僕は、ある恐ろしく聞き覚えのある声に遮られ、心臓がドキドキした。
いや、5回くらい跳ねたな。
「誰に?」甲高い声が近くで大声で尋ねた。僕は顔をしかめ、目を閉じて10まで数えた。
どうか、僕が思ってる人じゃないでくれ。お願い。神様、もし聞いてるなら、今までに色々お世話になったことあるのはわかってるけど、お願いだからこれだけは叶えて。近くの孤児院にできるだけ寄付するから。お願いだから、あいつだけは勘弁して。誰でもいいから、あいつだけは。
僕は息を大きく吸い込んだ。
「ピクシー、紹介するよ」レヴィが話し始めたんだけど、僕はそれを遮って、すでに誰か分かっていた。心の中では、他の誰かであってくれと祈っていたのに。
「ソニア」僕はやつに代わって言い、ついに振り返って、口をあんぐり開けた女の子と対面した。
あーあ、完全に詰んだわ。